アダムとイブの昔より
 


     11



奇抜な自殺の方法から食べられるキノコの見分け方まで、
要らんことに偏り気味ではあるものの、
ありとあらゆる分野への抽斗を山ほど持ち、
観察力も冴えていて機転が利く。
そんな 我らが知将は、
幼いころから身を置いていた裏社会で
ありとあらゆる欺瞞と権謀術数を知り尽くしたという恐るべき蓄積持つ、
闇の世界さえも手玉に取って来た戦略家でもあり。
太宰の敵にとっての不幸は “太宰”を敵に回したことだと言われていたというほど、
真っ向からでも斜め45度からでも、
面と向かい合って歯向かおうと思うなんて無謀もいいところだと、
十代のころから既に、親世代くらいのベテラン工作員らから恐れられていた人物で。
だというに、今回の騒動はといや そんな男を ついでのように扱う代物。
現在の裏社会でめきめきとその名を馳せている
直近の “本命”を弱らせるハンデとせんとするべく仕掛けられた あれこれだったらしくって。

「だって、私のかわいい愛し子を
 色々とハンデつけた上で 取っちめて、それを見せものにしようなんて、
 途轍もないこと企んでた身の程知らずだよ?」

男性に戻ってもどこか淑やかな顔容を鹿爪らしく尖らせ、
形の良い眉をぎゅぎゅうと寄せて、
太宰はいかにも忌々しいと判りやすくご立腹の体を示しており。
そんな小賢しい敵をおびき出すために、
とあるミスディレクションを構えておいでだった、
ある意味 底意地の悪い次第を構えた彼だったというから、

 「…まあ、もうバレてんだよと持ってったところで、
  懲りずに他の手で仕掛けて来たかもしれねぇしな。」

 「そういうものでしょか。」

諦念混じりな中也の言いようへ、
何で納得できるんですよと、唯一の一般人である敦がなおのこと呆れていたりする。
とはいえ、それはあくまで立場というか経歴の話で、
脚をふっ飛ばされても死闘にもつれ込める、ライフル銃の狙撃を歯で受け止められる、
そんな桁外れな戦闘力には今だけ目を瞑っていただきたい。(おいおい)

 それはともかく。

まずは、情報収集していたらしき芥川宅の盗聴器の存在を逆手に取るため、
敦が加わってからの彼らの会話は、実は二重構造になっており。
太宰が出先で買い求めたのは女性用の服だけじゃなく、
数冊のスケッチブックと、サインペンが数本。
それを銘々へと配って、筆談による打ち合わせが同時進行されていたりする。
敦が冒頭部分で、

 『もしかして物凄い力の持ち主かも知れないという危険はないんですか?』

そうと訊いて太宰の身を案じていた辺り以降、
声に出しての会話は ほぼ太宰と中也という馴れた存在がリードして行い、
その裏では、既に紐解いていた実情のあれこれが披露されていて。

 《 マンションの裏手にいかにも不審な車が止まってたから、
  盗聴の仕立てはウチの機材ほど優秀なそれじゃあなさそうだね。》

盗聴というからにはこそりと音声を拾うのが基本なため、マイク機材は小さく仕立てねばならず。
となると、それほど強力な電波を送れる仕様にはしづらい。
いつぞやに披露した探偵社謹製のそれは、電話用の回線へちゃっかり乗っかれるという仕様で、
何キロ離れていようが会話を送れる代物だったが、(なし崩しじゃあ ノーグッド )
一般的なそれはせいぜい数百mが限度で、
よって録音機材をその範囲内にセットするか、
リアルタイムで聞き取る要員をその圏内へ伏せさせねばならぬ。
それらしい顔ぶれがいたのをさりげなく見定めた太宰はだが、
いきなり掴みかかる愚行は避け、そ奴らの車へ発信器を貼りつけただけにとどめており、

《この際だから、盗聴器は探さないでおこうと思ってね。》

それでの筆談仕様になったわけらしいが、
そこは判るとしても、と。中也の不満顔はまだ戻らない。というのも、

《手前、まだ何か俺らに隠してねぇか?》

敦くんを連れ帰ったそのまま、各自へスケッチブックを手渡し、
声に出しての会話とは別な問答をも進めていたややこしさの中で、
中也が太宰へ問うたのが、

《さっきも、俺への手話で “着替えを買いに出ろって言え”と指示出したろが。》
《え?》×2
《芥川くんも敦くんも、それは表情で伝わるから書かなくていい。(笑)》

弟子二人の天然ぶりへ苦笑した太宰だが、
そう、標的本人と目されていたにもかかわらず、
ちょいと出かけたいのだと要求した太宰だった…のが本当の順番で。
つまりは…体のいい駒として呼び出されたからではなく、
目途が立ったらしいからだとはいえ
そんな無謀をするほどに その身を大事にしないところが気に食わぬと中也の憤慨をあおってたわけで。

 《独立させた鍵付きの、
  イントラネット用 wi-fiの中継局を設置してきたのは判った。で? 他には?》

ややこしい手段で性別を変えられ、標的かと目された身でありながら、
なのに自分たちを遠ざけないで、むしろ加担させるべえと呼んだのは、
さして面倒な相手じゃあないと見極め、もう無事だと状況を見極めたからに他ならぬだろうと。
何ともいやな奴だと言いたげな、不機嫌そうな顔で訊いた中也であり。
直前の会話の連なりのようなものがあり、
芥川にもそんな彼の胸中は重々判るそんな中、

 《本当に狙われているのはおそらく芥川くんだ。
  私が標的だという順番にして仕掛けて来て、キミをある意味 油断させ、
  私を庇わせてその隙をついて倒したいってところだろうね。》

かつての黒社会で、数多ある伝説の中
“この世で一等、敵に回したくはない存在”と言わしめた男が、
今なお健在だと言わんばかりに黒く笑った。







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